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日本アンデパンダン京都展
2005/6月7日(火)〜12日(日)・京都市立美術館別館

昨年来、日本アンデパンダン展や日本美術会展の全国的展開が検討されてきましたが、広島・京都の方々のご奮闘があり、 今年から第58回日本アンデパンダン展の会員部分の巡回展を、広島県立美術館と京都市立美術館別館にて開催することになりました。

「日本美術の自由で民主的な発展とその新しい価値の創造を目的」(日本美術会趣旨)とする日本美術会と、 「虚飾を排し、権威に屈従せず、何よりも作家の批判精神と創造性を尊重する自由・平等の開かれた創作発表の場」 としての日本アンデパンダン展の運動が全国に展開されていくことは,これまでの日本美術会の運動の中でも、 画期的なこととなります。また、来年は広島の原爆投下60年の反戦・平和にとっての記念すべき年でもあり、 併せて大きな意義ある展覧会となるものと思います。

(以下は、会場スナップです)

日本アンデパンダン広島展
2005/5月3日(祝)〜5月8日(日)・広島県立美術館

2005年5月3日から8日まで、広島県立美術館で、日本アンデパンダン展広島展が開催されました。東京からの170点に加えて、広島・岡山県を中心に周辺地域からの参加作家70点余りを加えた展示は、日本美術会が取り組んだ巡回展として、広島の地での初めての展覧会であった。時あたかも被爆60周年の広島の地での開催は、日本美術会と日本アンデパンダン展の趣旨にふさわしい場所と時であって、大変意義のある展覧会となった。

(文責・十滝歌喜)
 
会場外観  広島県立美術館(掲示アンパン大ポスター)  
 
オープニングセレモニーA オープニングセレモニーB  
展示会場A 展示会場B 展示会場C
会場スナップD 会場スナップE 会場スナップF
会場スナップG 会場スナップH 会場スナップI.

初めてこの地 広島で
下村 仁一(日本アンデパンダン広島展実行委員長)

今日、イラクではアメリカのテロ対策という、無差別的武力行使によって多くの子供や婦人たちまでが犠牲になり、 人々は多くの苦難を強いられております。住民は危険を避け必要最り、限しか外出できず、バグダッドでは、 出産間際の妊婦も安心して病院にゆけない。「治安が回復しないうちは住めない」と、 親類などのつてを頼って一時出国する人も多い、とも伝えられています。

また日本国内では、さきの侵略戦争の歴史も教訓もふみにじり、憲法と教育基本法を改悪をたくらむ、 反動のうごきも次第に勢力を伸ばしてきつつあリます。

しかし、平和を求める世界の大勢を見れば、確実に前進している面もあります。 広島・長崎への原爆投下から60年の今年、5月2日からニューヨークの国連本部で核不拡散条約 (N P T)再検討会議が開催されます。これは前回、2000年再検討会議での、 核兵器廃絶の「明確な約束」など核軍縮の合意の実行が焦点になっています。 また同地で、この会議の始まる5月1日には広島、長崎両市長が中心の平和市長会議(世界688都市) が提唱した大集会が予定されています。

会議成功のために、欧米を歴訪した広島市の秋葉市長は、「全米市長会議では参加した200人を越える市長から拍手がわき、 欧州議会ではベルギーのドゥハネ元首相をはじめ、力強い賛同表明があった」、と1月25日に地元新聞につたえました。 広島、長崎の被爆者団体も誉れどれ、この会議への参加者の選定をいそいでいます。

広島の被爆者は戦後、ほとんどの人が今日まで程度の差こぞあれ、病とたたかいながら、ひっ曽りと、生きてきましたが高齢化のために、 死亡する方も多くなり、「語りつくせない被害の実態を、世界に発信し続けるのが、世界で初めての核兵器を使われた広島の役目」であるのに、 原爆体鼓の風化が心配されています。

さきの戦争中、反戦の絵を措き続けた画家が中核になって、戦後いちはやく「日本美術会」を結成(1946年4月6日)、翌年に「日本アンデパンダン展」 を創設しました。これらの先輩画家の後に続いて、日本美術会会員は、これを毎年開催し今年58回自になります。

今年、日本美術会委員会の決定で、初めてこの地広島で、その作品と、この地方の同じ思いの美術家の作品を、2005年「日本アンデパンダン広島展」として広島県立美術館に展示することになりました。

これは日本の民主的美術文化の創造と、これを通して世界の平和に大きく寄与するものと私は確信しています。