日韓美術交流-公州にて(2009年11月7日~11日)

韓国忠清南道・公州との美術交流は今回で7回目を迎えた。お互い顔見知りも増えて、信頼関係も育って、大変気持ちの好い旅であった。日本を発つ時には台風 が迫っていたが、韓国での4泊5日の旅は快晴に恵まれた。

7 日に仁川空港で成田からの18名と、ソウルに先行1泊組み4人、関空からの3人の25名がそろい、公州から学生通訳の3人が迎えに来てくれて、4時過ぎ に出発、7時過ぎに公州に到着した。8日はまず、百済歴史博物館を見学し、映像やジオラマで百済の知識を入れ、扶余(プヨ)に向かったが有名な落花岩を川 から船で眺め、そこにのぼり、定林寺跡の仏塔を見て、その後昼食、宮南池を散策・スケッチなどして林立美術館での工芸展を見、その後「錦江アートセン ター」に到着、陶器に絵付けなど体験して、歓迎パーティーがそこのベランダで行なわれた。懐かしい顔と出会い、歓談したが、寒くなって来て、体調を崩した 人もいたようだった。

9日は「百済四王追慕祭」に参列。天女や雅楽や儒教式のそのセレモニーを興味深く見た。昼食後、公州の市場を歩き、公山城を散策。個々に街を散策した方も いた。城の前の広場で栗祭りのようなイベントやっていた。どうも百済文化祭が中止で、小規模にイベントがやられているらしい。ニューインフルエンザの影響 と説明があった。さて、公山城の城門で集合して、バスで鶏 龍山の甲寺(カプサ)に移動、老木が多いその寺を散策した。その奥にある伝統茶家で飲んだ、 黒く来いナツメの甘味のするお茶だった。その後下って門前街にある食堂で薬膳料理と云うのか、 ドングリの寒天のサラダ、人参もどきを焼肉のように焼いて食べ、マッコリを飲んだ。ここでソウルから合流した林さんが来て、今回参加の26名が全員そろっ た。タクシーで山道を登ってきた 時には心細かったらしい、林さんの言。夜は交流展の展示中で、呼び出されたり、宿にYATOOの友人が訪ねてきたりで忙しい夜になったが、毎回こんな感じ だ。

10 日朝は朝食が済むと近くの熊の廟に詣でた、二日連続で散歩した。静かでとても美しい場所、 この熊の廟が公州の伝説の物語の場所である。行かれてない方は残念だった。さて、この日短時間だがYATOO(野投)の美術山(ミスルサン)?を訪問し て、時間が無いので直ぐに国立公州博物館に行き、85歳の日本語が達者な方のレクチャーを受ける。会長のYoo,Soon-Sikさんの先輩らしい。博物 館の展示も一緒に見て、その後昼食、公山城前のトルソッパ(豆ご飯)を頂いて、根岸さんの要望もあった東学農民の乱・終焉の地記念塔に立ち寄る。ここ公州 は百済国の危機の時代の都であったが、同時に近代に朝鮮で起きた大規模な革命戦争の終焉の場所でもあった。

さて、国立公州大学の百済アートセンターで、日本美術会と日本アンデパンダン展のレクチャーを遠矢さん解 説、林さん通訳で行なわれ、映像を使っての初めての紹介がされ、これは理解を 深めるための大きな一歩だったと思う。その後韓日美術交流展のオープニングが1Fのギャラリーで開催。市長さんや文化関係の担当者、大学の関係者、 YATOOやそのハウスでアートインレディデンスに来ているオーストリアやドイツの作家も参加、首藤代表の挨拶や公州市長の挨拶などあり、遠藤さんやオゼ キさんから絵のプレゼントを市長さん会長さんにした。その後はこのビルの12・3階にあるレストランで、バイキングスタイルのパーティーがあった。名残惜 しい、 晩餐になったが、宿でまた飲み、次の日の早朝の夜明け前の出発だったが、会長さんや若手がお別れに来てくれて、ハグして分かれた。本当に暖かい交流があっ たなーって、眠い朝焼けの中、仁川国際空港に向うバスの中で噛みしめたものだった。さようなら!また会おう!と。 (木村勝明)

※画像をクリックすると大きく 表示されます。