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大阪地方連絡会の結成について
代表 中部博之

各地で連絡会の結成が報じられるなか、大阪ではなぜなかなか結成できなかったというと 大阪では 関西美術平和会議というものがあって、夏の平和美術展を主に 一年を通じて絶えず顔を合わせている為 その必要はないという意見が多く、それに流されていた嫌いがあり、また まとめ役を引き受けてくれる人も出てこなかったので伸び伸びになっていたのが実情です。

それに 業を煮やした本部が 運営委員長と組織担当者を派遣して テコ入れにきた。その話の中の 「他に集まりでは組織拡大の話ができないではないか」に納得して、昨年美術家平和会議の春の写生会のあと 集まることができて アンデパンダン展のスライドを鑑賞しながら語り合って 役割、分担を決めました。しかしそのあと 何かと取り紛れて一年近く経ってしまいました。これが実情。再び アンデパンダンの日が巡ってきました。

昨年同様の運びになるがアンデパンダンの後集まる予定です。兵庫と奈良をも一緒にやらなければならないのも荷が重いところです。


北海道地域連絡会の結成
代表  黒田 孝

昨年 9 月 23 日〜 28 日、札幌大同ギャラリーにおいて、第一回北海道展を開催し、日本美術会北海道連絡会を再建することができた。なんと半世紀ぶりのことである。

偶然にも日本美術会創設者の一人「大月源二誕100年展」が小樽市美術館で開催中である。

戦後 1946 年日本美術会創立。同年、北海道にいち早く、大月ら 30 名によって、日本美術会の支部を誕生させ。「北海道美術展」を開催していた。 1952 年「第一回日本美術会北海道展」を開催、東京から井上長三朗、矢部友衛、須山計一など、北海道は大月源二、富樫正雄、伊藤仁など 36 人で、札幌大丸ギャラリーにおいて、大展覧会を行っている。大月を中心に 「 生活派 」 の展覧会が続くが、残念ながら、日本美術会の北海道における発展が見られなかった。

実質、 50 年の空白を経て、日本美術会の立ち上げは画期的なことである。北海道における美術運動の弱点があったことを認識し、新たな北海道のスタートとして位置づけ、地道な活動を継続したいと思う。

昨年 9 月の北海道展の参加者は 13 名(そのうち会員は 5 名)、出品点数 22 点、入場者 400 名、 9 条の会署名 30 名。宣伝不足、案内状不足により入場者が少なかったものの、『第一回展開催、日本美術開再建』という大きな課題をクリアできたことを喜び合っている。

私はこの 7 年間、アンデパンダン展に出品するようになった。今考えるとなぜもっと早くに出品しなかったのかと悔いが残る。北海道に会員や出品者が点在していたが組織化されなかったことと、個人的な事情により、昨年のアンデパンダン出品者は 4 人だけでした。

今年は昨年の北海道の旗揚げの結果がどうなるか、楽しみでもある。すでに出品者が2名あり、心強い限りである。 10 名の出品者を目指し、奮闘中である。

なお、今年の 8 月「第二回北海道展」を開催する。

北海道地域連絡会

2004.9.28 13名にて結成

  • 代表 黒田孝
  • 会計 横田昌彦
  • 組織 美馬恭子
恵那・中津川連絡会
  • 2005.2.2  4名にて結成
  • 恵那中津川在住会員
    藤原 梵(中津川)大橋寿美代(坂下町) 石田昭子(中津川) 纐纈東平(恵那市)
  • 代表 藤原 梵
  • 会計 石田昭子
  • 活動
  • 日本美術会恵那中津川会員展
    不定期に集会し学習その他
    中津川、恵那の各平和展への協力
    岐阜平和展への出品協力
    版画研究会その他
  • 事務局
  • 中津川市千旦林辻原蓮光寺内 藤原梵
常磐線沿線地域連絡会を改め 東葛地域連絡会

これまで、常磐線沿線地域連絡会としてグループ展や展示即売などで活動をすすめてきましたが、1月 28 日の会議で「東葛 地域連絡会」と名称を改めることにしました。 2004 年 11 月の「東葛の美術家展」につづいて、次回は 2006 年に行うことにしています。

(中国地方・近畿地方)ブロック会議報告

広島美術家会議展の講演依頼を機会に、4月5日6日の二日間、中国地方3県と近畿地方3県のブロック会議が行われ、日本美術会から新美猛・稲井田勇二の両氏が出席しましたので、その概要を報告していただきました。また、広島の下村さんからも当日の様子など原稿を寄せてもらいましたので掲載します。(事務局)

交流行われる
新美 猛

広島の下村さんより要請を受けて、日本美術会常任委員会から、稲井田さんと新美が出席、参加した。以下概要を紹介します。
 第59回広島美術会議展
 2003・4/1〜6 広島県立美術館
 特別企画
 記念講演とディスカッション
 「現代美術とアンデパンダン展」
作品スライド映写とお話 
・私の好きな作家  新美 猛
・戦争と平和をテーマにしたもの 稲井田勇二

広島県美術会議展は30名弱の出品(内9名が日美会員)で大中小の作品、老若男女、多様な作品傾向を内包した、全体にバランスのとれた展覧会となっており、一言で言ってさわやかな印象を受けました。約半数が女性作家であったこと、女性の社会進出を強く感じました。
 4/6の午前中16・17名の会員の方と交流し、日美のこと、日本アンデパンダン展について質問が多く出ました。日美の地域連絡会の活動について話されました。これについては別項で稲井田さんより報告があります。
 午後は前記の講演会がもたれ、出品者を中心に25名程の参加がありました。作品スライドは両者合わせて70枚程映しました。
 尚4/5の午後展覧会を見せてもらった後、下村さんにひろしま美術館(ゴッホの絵をはじめ質のいいものが多くある。クールベが同時開催中でした)、原爆ドーム、資料館などを案内してもらいました。考えさせられました。
 4/5の夜は9名の参加で交流会がもたれ、二次会まで行って広島の夜の楽しいひとときを持つことが出来ました。広島の皆さんありがとうございました。
 日本アンデパンダン展に出品し、出来れば東京にも是非いらして下さい。こうした人的交流は大変有意義であり、他の地方でも検討して下さい。予算の許す限り、会としても検討したいと思います。

資料

第59回広島県美術会議展
「講演とディスカッション」でのあいさつ
2003.4.6 新美 猛
 下村さんから声がかかってやってきました。ありがとうございます。私自身は長野の飯田以来です。これをキッカケに人的交流が広がることを願っています。
 皆さんの展覧会を拝見して、岡山の平島さんが一言でさわやかだと表現されましたが、全くその通りだと思いました。
 私はアンデパンダン展には20回展の時から出すようになり、日本美術会にかかわって大分長くなりました。
 戦後、日本アンデパンダンと日美の運動は現代美術の重要な潮流だったと思います。その後紆余曲折があったことと思いますが、広い意味で、人間的で社会参加を意識した美術運動として、美術集団としてやってきたと思います。これからもお互いに切磋琢磨して頑張っていきたいと思います。
 会の運動や歴史については25年画集、50年画集の中にある会史および北野論文を読んでいただきたい。
 現代美術の諸潮流については私はほとんどうといのですが、先の北野論文もふれていますが、「美術運動誌」やシンポジュウムで論議されてきたと思います。
 今年のアンデパンダン展の記念講演で上原二郎氏が我々の仕事が現代美術だと言う自負をのべられました。自分はそういう意識をもっているかどうか、はっとさせられました。そういう気持で挑戦していかなくてはと思います。
 日美地域連絡会について一言述べますと、その地方・地域で日美の存在を示す方向で論議されていると思います。広島は先進的でおおいに期待しております。
 スライドに移ります。私の好きな作家ということで、12名(故人)と15人の方計40枚取り上げてみました。スライドを見に2・3日は日美センターに通いましたが極めて不十分なものです。(簡単なコメントをして作品スライドを映す。以下略)


地域連絡会ブロック会議報
稲井田 勇二
@中国地方3県(山口・広島・岡山)
  ブロック会議、4/5
A近畿地方3県(大阪・兵庫・奈良)
 ブロック会議、4/6
@ 広島県美術会議展の講演依頼を機会に、午前11時〜1時間半程の会議を行った。広島の10名、山口の松前氏(ただ1人の会員)、岡山からは同時期、他展の委員会のため、代表して平島二郎・山口悟両氏の参加で、参加率極めて良くタイミングに良かった事もあるが、地域連絡会への気持が大きい事がよくわかる。
 広島は会員外からも2〜3名参加し、アンデパンダン展や入会基準の事など質問があった。いずれの県も会員を増やそうと意欲的。3県の交流展などの意見もあった。
 広島の上記展は日美会員以外に20名近い会員がおり、平和展も幅広いようで、今後大いに期待したい。岡山も平和展があり、意気盛ん。
 ただし、1987年会員名簿では山口2(現在1)、広島14(現在10)、岡山11(現在5)である。いずれの県も大きな県であり、特に広島、岡山は16年前の会員数から考えれば、日本美術会はまだまだ小さい。
 この4年間で広島3人、岡山2人が新会員となったが、引き続き頑張って欲しい。
A 広島からの帰りに、急遽関西3県のブロック会議を行った。
 当日参加者 
 大阪−川島恵美子、中部博之、田辺政雄(以上3名世話役)、山岸稔、都築茂二郎、
 西村順子(委員の坪井功次、山内比呂子 は他展と重なり欠席連絡あり)
 奈良−土阪洋、谷村柊丘
 兵庫−西野さとみ(新会員)
 ここも、1987年大阪29人(現在22)、奈良8人(現在8)、兵庫7人(現在5)であるが、坪井さんの連絡ハガキに、関西平美展を皆でやっている。忙しい。それを押してまで、地域連絡会を持つ意義がわからない旨。その話をきっかけに、皆さんの意見を聞いた。とにかく年に1回、新年会か忘年会でも集まりましょうの意見が出、連絡会結成に動き出した。奈良県、兵庫県は今後も連絡を取りながら実情にあった方策を考えていきたい。

会への認識強める交流
下村 仁一

私たちの絵画グループ、「広島県美術会議」はさる4月1日〜4月6日、広島県立美術館で、第59回展を開催しました。

この会は、40年前の1962年、今日の広島県文団連の前身の「平和のための広島県文化会議」が結成された時、その美術部門として発足しました。この会の趣旨は『美しい自然を破壊するものと、自由、人権を破壊するものとは同じ根っこでつながっています。自由を守ること、自然を守ることは同じ目標を目指した行為です。私たちは、生活の立場や、表現方法に対する考え方の違いはあっても、平和と美と自由を求め前進します。』で、長年発表を続け会員も全県的な広がりを見せ、県下各地で指導的な立場の画家が30名参加しています。事務局は私が担当しています。

またこの会は発足の当初から、広島平和美術展の発展と強化を目指しており、会員の多くがその運営委員となり、実質的な推進力となっています。

この会が一昨年、第55回展を4月に広島県立美術館で開催しました。会員からの発議によって、作品展示と同時に、初めての試みとして、同館講堂で『私にとって感動とは』をテーマにシンポジュウムをひらき、6名のパネラーには会員のほかに、文学・音楽の分野からの方も参加していただき、そのまとめの冊子も印刷しましたが、とても好評でした。

そんな経過をふまえて、今回は特別企画として『記念講演とディスカッション』を計画し、日本美術会に講師の派遣を要請したところ、会の常任委員の新美猛、稲井田勇二、お二人を派遣するとの連絡があり、会期中の4月6日午後2時から『現代美術をアンデパンダン』と題してご講演をいただくことにしました。

講師のお二人は、今までの日本アンデパンダン展の出品作品のなかから、それぞれの見方で選ばれたスライドを、会場正面のスクリーンに映写しながら、今日の混迷している多くの画壇の状況のなかでの国民の“平和と生活”を作品と行動を通して守ろうとする、日本美術会のもつ意義についてお話しされ、30名あまりの参加者に大きな感動を与えました。

なおこの午後の講演会を控えて、会場のロビーで午前11時から日本美術会の呼びかけで岡山、広島、山口など中国地方の3県の日本美術会の会員の集いがもたれました。今回、講師として来県されたお二人を囲んで、それぞれの地域での日本美術会の状況について報告し、さる1月に開催された日本美術会委員会の折りに討議された、会主催のアンデパンダン展を開催するために、その受け皿となるために、各地域の実力をつけることの重要さなどが話し合われました。

今回は、今までよくわからなかった山口県の状況が、山口県の会員の松前浩久さんの報告で明らかになったのは収穫でした。

今回の一連行事をとおして、こうした会の中央と地方の会員の交流がアンデパンダン展をはじめ、日本美術会全体の運動の強化につながると思いました。またこうした活動によって、いまだに弱い各地域の人々のこの会にたいする認識を強めることになると考えます。